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部員はユニフォームへ、祐里は制服へ着替えていざ出陣! という感じで外へ出る

ホテルの目の前にバスが止まっているのだが、見送りに来ている“ハァン”が多々見られる
浩臣はヘッドホンを相変わらず装着して集中モードなので、ハァンの呼びかけに応えることなく静かにバスへ乗っている
竜也も祐里と相変わらずイチャイチャしてるようにしか見えない感じでバスへ乗り込んでいる

いつも祐里と並んで座っていた渡島は「私を捨てて杉浦を選んだのか」と茶化しつつ、いいから二人で座ってろと笑いながら手を振っている

バスに全員乗ったかに思えたので、運転手がそろそろ出ますか? と確認を取ると、安理が「樋口くんがまだです!」とそれを制した
あれ、一番最初にバスに向かってたじゃんと思いつつ竜也が窓から外を見ると、そこには握手攻め、そして写真攻めにあっている樋口の姿があった

面白そうだったので、竜也は窓を開けつつそのやり取りに耳を傾けている
樋口くん、頑張ってーだの、樋口くん写真一緒にお願いしますだのハリウッドスター張りの大人気

「ねえ。あの人たち、みんな同じTシャツ着てるよ」
祐里があははと笑いながらそう言ったので、竜也はそちらに視線を向けるとそこにはどう見ても樋口が打席に入った姿を印刷したとしか思えないそれのTシャツを着たハァンがたくさんいて、それぞれ並んで写真を撮っている

「樋口くん、モテモテだね」
祐里が思わずそう呟くと、竜也も頷いて同意を示すが...やがて首を振ってしみじみと呟いた

「あれが全部女の子だったらなあ」


やがて、樋口は“ファンサ”を終えてへとへとな様子でバスへ乗り込んで来る
冷やかしの声がバスに鳴り響く一方、外からは樋口くん愛してまーすと野太い声での大歓声が北海道全体、いや日本全体を覆い尽くしている

バスがようやく出発している。札幌ドームまで15分から20分といったところ
竜也は実は車酔いが激しいタイプなので、誰かと話していないと不安だったりする
浩臣が“会話を拒絶”している状況なので、隣に祐里が座ってくれたことは非常に心強い

「見て、これ。私実は震えてるんだよ」
祐里が茶目っ気たっぷりにそう呟いたので、竜也はふと隣を見てみる
スカートの上に置いている両手がちょっと震えているのを見て、思わず微笑ましくなっていた

普段から笑みを絶やさないタイプの祐里ですら、こんなに緊張しているのだから俺が緊張していない方がおかしいんだろうなって

さすがにその手を握るわけにはいかなかったので、竜也は祐里の右肩をポンと叩くといつもの見開きポーズを披露しつつ例によって赤いバラを取り出してみせる

「赤いバラ投げ捨てこれで終わりにしよう」
口ずさみつつ薔薇を手渡すと、祐里はまた一瞬ポカンとしたがやがてすぐに呆れた表情に変わりつつあははと笑みを漏らす

「どういう手品使ってるんだか。つかね、あんたの打率も手品よりタチ悪いよね」
その薔薇を受け取りつつ、祐里は目を細めている
打率は高いけど、いうほど打点が多くないことは内緒だよ

薔薇をなぜかバックに仕舞いつつ、祐里は一人ふふと笑うと竜也のほうを見てちらっと笑った

「お陰で震え収まったよ。あんたの手品も捨てたもんじゃないね」

祐里にそう褒められ、ちょっと照れ臭くなった竜也はなぜか胸を叩いてからの拳王ポーズ
「これからも俺についてこい」
自分で言いつつ、キャラに合わないなと自覚して一人で噎せている竜也を見て祐里はすぐにバーカと言いつつ、小声でありがとねと呟いている

「そういうあんたは落ち着いてるね。これから試合とは思えないよ」
祐里がそう茶化すと、竜也は小さく首を振ってそれを否定する
いや、全然緊張してるようには見えないんだけどと祐里が続けると、竜也は下を向いたまま鼻で笑っている

「去勢張ってるだけだよ。あと、隣に祐里がいるからさ」
一緒にいるだけでほっとできるのもあるし、何よりカッコ悪いところを見せたくないといった感じ?

「もし辛いことがあったら私のそばにくればいいよ。一緒にいてあげるくらいしかできないけどさ」
祐里はそう呟いて、またあははと笑った

竜也と祐里は別としても、バスの車内は決戦間際のものとは思えない和やかな雰囲気
浩臣は一人、完全に周囲との接触を拒んで自分の世界へこもっているが、他のメンバーはそれぞれ和やかに談笑をしている

安理はスマホを起動して“アカツキ!”とやらかして、周囲から一斉に障碍者手帳を手渡されているし、樋口も「よし、投票終わった。あとは大知に任せた」と叫んでスマホを放り投げている
千原はタブレットを開いて“致そう”として冬井に制止されていたり、万田はチェキツイートをしていたりとかなりの自由空間。いっそ幻夢界といっても過言ではないかも知れない

やがて札幌ドームが徐々に見えて来る
竜也は思わず上を向いてふぅと息を吐いていると、祐里は静かに小さく頷いてそれを眺めて微笑みを浮かべていた


“誰もが望みながら 永遠を信じない なのにきっと明日を夢見てる”


バスが到着し、球場へ入ろうとするとそこには“入り待ち”のハァンが集まっていた
さっと見渡したが美緒や未悠、そして光と渚の姿は見当たらない

「残念だったね」
その様子に気づいた祐里が声をかけると、竜也は「別に(沢尻エリカism)」と即座に返したので祐里はまたあははと笑う

特に群がられることもなかったので、竜也は祐里と一緒に球場内へ向かって行く
「美緒と松村がいると期待して、せっかくネタ仕込んでおいたのに」

竜也がそう愚痴っていると、祐里がほらいるよと逆方向を指差している
竜也がそちらに視線を向けると、今日もウイッグをつけて気合満々の未悠や、髪をバッサリ切ってショートカットにした美緒の姿があった

「願掛けでバッサリ切っちゃったよ」
そう言いつつ、美緒と未悠は二人顔を見合わせて妙にニコニコしている
それに気づいた祐里はきょろきょろして、すぐに同じようにニコリと笑みを浮かべると竜也のほうを見つめている

「ん、どうかしたん?」
例によってまた赤いバラを取り出そうとしていた竜也だったが、3人の満面の笑みにちょっと戸惑った様子
美緒がやがて、ほら、こっちという感じで後ろにいた男子を呼んでいる

「よっ!」
竜也は目を丸くして驚くそれ、声をかけてきたのはここにいるはずがない超絶イケメンだったので当然である
酒井がわざわざ応援に駆けつけてくれていたのだから

「ちょうどこっちで合宿やっててさ。松村が“今日杉浦の決勝戦だぞ”って連絡くれて。無理言って午後をオフにしてもらった」
午前は練習だったのだろう、日の丸がついたジャージでの登場だったのでまあ恐れ入った次第

「勝てよ」
酒井はそう言ってグータッチを促して来たので、当たり前だと竜也はニヤリと笑ってそれに応じる
旧交をゆっくり分かち合いたいところだったが、祐里が早く行くよと声をかけてきたのでじゃあという感じで別れることに

「じゃあ試合後にな。ビールかけてやるから期待してろよ」
珍しく酒井が冗談を飛ばしてきたので、竜也は例によって右拳を高く掲げてそれに応えた